ソンワート通り、タラートノーイ、チャルンクルン通り…。ここ数年、バンコク旧市街が若者たちでにぎわっている。大規模開発業者が仕掛ける従来型の都市再開発と異なり、地元の人々が自らの手で古い街並みの魅力を再発掘してきた、コロナ禍以降の新たな潮流だ。バンコク旧市街の成立。タイ華人が切り拓いてきた道のりかつてチャオプラヤー川西岸のトンブリー地区にあった王都が、現王朝ラッタナコーシン朝の成立を機に川の東岸に遷り、それまで現在の王宮の一帯に定住していた華人たちが川下に移住することによって、バンコク旧市街は拓かれてきた。現王朝成立とラーマ1世の即位が西暦1782年の出来事なので、バンコク旧市街の開発はその時代に端を発することとなる。タイ華人主導の下、18世紀末から開発が進んできたバンコク旧市街だが、さらに多くの国々からの移民の影響などを受けながら徐々に交通網を行き渡らせ、街の規模を拡げていく。現在、再注目されているチャルンクルン通り、ソンワート通り、タラートノーイなどを見ても、それぞれの地域コミュニティの成立に微妙な年代的ズレがあり、厳密に見ると少しずつ異なる文化的特徴を帯びていることに気づけたりもする。本稿ではまず歴史の古いタラートノーイから解説していきたい。タラートノーイ(通称シェンコン)の歴史タラートノーイの歴史はバンコクが首都(ラッタナコーシン朝)として定められたのとほぼ同時期、200年以上前にさかのぼる。ラッタナコーシン朝初期、タイに渡ってきた福建系中国人が、チャオプラヤー川沿いのこの土地に最初に入植した。これは、現在の中華街のメインストリートであるヤワラート通りなどが発展するよりも早い時期に当たる。タラートノーイとはタイ語で「小さな市場(ตลาดน้อย)」を意味する。これは、当時すでにより大きな市場として存在していた「タラートヤイ(ตลาดใหญ่)」(大きな市場)、すなわち現在のサンペン市場(สำเพ็ง)と区別するために名付けられた。入植した福建系中国人は、コミュニティの中心に彼らが信仰する清水祖師、タイ語で「ジョウ・スー・コン(โจวซือกง)」を祀る廟を建立する。これはタイで最も古い福建系の廟とされており、現在もタラートノーイのコミュニティの核となっている。当地は川沿いの立地を活かし、初期は海運業、貿易、日用品の販売などで栄えた。現在は人気のカフェとなっているホン・シェンコン(Hong Sieng Kong)があった場所が製材所や倉庫だったことも、この地域の初期の産業を反映している。そして、タラートノーイの歴史を語る上で欠かせないのが、この「シェンコン(เซียงกง)」という通称だ。第二次世界大戦後、タラートノーイは中古自動車部品や機械部品を扱うビジネスの中心地として急速に発展する。シェンコンは先に述べた「ジョウ・スー・コン廟(ศาลเจ้าโจวซือกง)」の福建語を潮州語読みにしたもので、これすなわち、この頃には当地に多くの潮州人が入植していたことを意味する。商売人たちが商売繁盛を願ってこの廟にお参りしていたことから、いつしかシェンコンがこの土地を指す通称となり、転じて「中古部品(特に日本から輸入されたもの)」や、それを扱う地域全体を指す言葉としても定着した。現在、タラートノーイは伝統的なコミュニティを残しつつ、歴史的建造物をリノベーションしたカフェやホステル、地域の歴史やアイデンティティを描いたストリートアートが地元の若者たちの人気を博し、お洒落な写真撮影スポットとして注目を集めている。チャルンクルン通り、ソンワート通り、タラートノーイ。古建築巡りの楽しみそんなわけで歴史をたどりながらの街歩きがバンコク旧市街エリアの大きな楽しみとなるわけだが、以下にご案内する「それぞれのエリアの注目スポット」は人気カフェなどがメインとなっている。しかし、近年このエリアの人気店は古建築をリノベーションしたものなども多く、店のインテリアの細部にまで目を凝らせば、それぞれの地の歴史・文化を感じ取れることもある。さらに店舗周辺の街の空気も独特なので、バンコク旧市街ならではの旅情を味わってみてほしい。