年中熱いタイでは長時間涼み楽しめる映画は人気のある娯楽だ。日本に先行して話題作が上映されたり、値段も比較的安いので気軽に行く事が出来る。上映が始まる前に王室を礼賛する映像が流れるので、タイの国柄を感じる事が出来る。とはいえ、大作主義の中国や映画大国のインドと比べるとタイ映画は影が薄い。しかし、タイには独自の映画文化が存在する。タイの映画は意外に歴史が古い。特に面白いのは1905年の映画黎明期に渡辺治水が「ロイヤル・ジャパニーズ・シネマトグラフ劇場」という常設映画館を始めたのをきっかけにタイ各地に独立系映画館が広まった。それらは当初、「ナン・イープン(日本の劇場の意味)」と呼ばれていた。当時の名残を残す劇場として1918年に完成した「サラ・チャレーム・タニ」(※完成当時の名はナンルーン・シネマ)という映画館がある。2025年4月に改装が終わり数年ぶりに映画が上映され話題になった(※改装後も通常は劇場として使用されていない)。60年代には映画文化が興隆して市民の娯楽として定着をした。その時代の名残として都心のサイアムに名建築として知られていた「スカラ座(1969年完成)」というバンコク最後の独立系映画館があった。残念ながら著者もかかわった保存運動の効果なく、開発の波にのまれて解体されてしまった。昨今の映画はショッピングモールに併設された複合映画館が主流だ。かつてサイアムにあった名建築、スカラ座の待合スペース天井タイの映画を観ると幾つかの特徴が見て取れる。特筆するべき特徴として幾つかの映画ジャンルを混ぜる傾向がある。例えばタイ・ホラー映画を代表する「愛しのゴースト(原題:ピーマーク・プラカノン)」(2013年タイ公開)という作品はホラー映画であると共に、コメディ、歴史もの、恋愛などのジャンルがごちゃ混ぜになっている。タイ人に言わせると「ジャンルが適度に混ざっていると刺激が沢山あり退屈しない」ということらしい。こういう特色を持った映画を形容する言葉がなかったので著者が教鞭を執る某大学では「トムヤンクン映画」と名付けている。これは9種類の感情(ラサ)をぶち込むインド映画ほど雑多ではないが、日本のホラーの様にジャンル単体で勝負するほど純粋ではない、適度なジャンルのミックスチャーをよしとするタイ映画の特徴を表している概念だ。次いでタイ映画を観る際に感じた特徴として「教条的」という点がある。「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」というカンニングを主題にした映画が2017年に公開されて国際的にヒットした。主演はオークベープ(Chutimon Chuengcharoensukying)のあだ名で知られる女優だ。彼女は「ハッピー・オールド・イヤー」(2019年公開)や「ハンガー:飽くなき食への道」(2023年Netflix作品)などの映画でも主演をしているのだが、いずれも仏教の教えがテーマとなっている。「バッド・ジーニアス」と「ハンガー」は貧しいが才能のある主人公が才覚を発揮して成功を収めるが、最終的には元の生活に戻り慎ましい生活をおくる事を決断する。これはラマ九世が好んだ「足るを知る」という仏教概念が用いられている。「ハッピー・オールド・イヤー」は放下着、分かりやすく言うと仏教用語ではないが断捨離をテーマにした作品だ。最後の特徴として「タイらしさ」である。「ムエタイ」「階級社会」「同性愛」「精霊崇拝」「仏教」「歴史」「タイ料理」等、タイの特徴的なコンテンツを意識的に映画にしている場合が多く、「タイらしさ」という表現がこの場合は適切に思われる。特筆するべきは「マッハ!!!!!!!!(原題:オンバーク)」(2003年タイ公開)で知られるムエタイ・アクション映画で香港のカンフー映画とは異なるアクションで有名になった。娯楽映画とは別枠だがアピチャポン・ウィーラセータクンの映画は必見である。カンヌ国際映画祭で金賞を受賞した「ブンミおじさんの森」(2010年タイ公開)はジル・ドゥルーズの映画論である「クリスタル・イメージ」という複数の時間軸が交差する映画的手法をタイの自然、輪廻、で表現されており美しい。このようにタイ映画はかなり独特な発展をしている。諸外国の映画に飽き足らば、観て頂きたい。※本記事トップ画像は「愛しのゴースト(原題:ピーマーク・プラカノン)」(2013年タイ公開)のワンシーン。(GDH 559 Company Limited)提供