人の視野は概して狭いものだ。少し古い時代の建築を不便、ダサい、汚いと嫌悪して、嬉々として解体をしてしまう。日本の場合だと明治期には江戸期の遺産を旧時代の遺物として破壊、昭和期には明治期の遺産を非生産的として破壊、令和になった今我々は昭和期の建築遺産を低い耐震性、高い維持費、非効率的等を理由として破壊している。あとになって価値に気が付いても手遅れだ。これは日本だけの話ではない。タイ国内で現在進行形で起こっているモダニズム建築保存も同様の問題を抱えている。タイ国、特にバンコクにおいては1950年代から80年代にかけて都市化が一気に進んだ。運河が埋められ、その代わりにコンクリートの道路網が整理された。大学が新設され、ビジネスを行う場所が整備された。その間にラマ5世時代から続いたショップハウスは潰され、コンクリート造に改変された。今、我々が見るバンコクの原型が出来た時代とも言える。その時代につくられた建築をモダニズム建築という。そもそもMODERNという言葉はMODEL(ひな型)とMODE(流行)を起源としていると言われる。では、モダニズム建築とは何かと言えば、大量生産が可能になった第二次産業革命時代の建築様式とも言える。機械化、規格化された製品により、精度が高く、新しい構造素材表現が生まれ、生産それ自体を表現する様な機械的な建築が誕生した。しかし、70年代辺りから世界中同じように無機質な建物が増殖する傾向に警笛がならされた。試行錯誤の結果、モダニズム建築の基本理念は引き継がれながらも、複雑性や論理をベースとした建築、それぞれの土地に根差した建築、環境に寄り添った建築等と建築は進化している。大きな意味で今はポスト・モダニズムの時代と言える。タイではモダニズム建築が戦前の比較的早い時期に紹介された。しかし、タイにおいては欧米や日本の環境とは異なり高温多湿で、当時はエアコンの普及は進んでおらず、大量生産型の建物では困難があった。それゆえ、タイではモダニズム建築が独自の発展を遂げた。タイ・モダニズム建築の特徴とも言えるのが特徴的な外装だ。庇の役割を果たしているのだが、それだけではなくタイの伝統模様を抽象化した造形になっている。この様なデザインの手法は東南アジアの中でもタイの建築に顕著にみられる。また、造形的でもあり銀行建築等は独自の美意識で設計をされている。この様なユニークなモダニズム建築がタイには複数存在している。世界的なモダニズム建築保存運動であるDOCOMOMOでも重要な建築物がリストアップされている。タイの知られざる傑作モダニズム建築に関しては別の機会に話すとして、今回は破壊された名建築を中心に語りたい。タイのモダニズム建築保存で先ず触れなくてはならない重要な作品はスカラ座だ。この作品はChira Silpkanokによる設計だ。彼の設計したINDRA HOTELは現存しておりタイ・モダニズム建築の基準作品とも言える名作である。さて、スカラ座はバンコク中心街のサイアムにあったバンコク最後の単体映画館である。コンクリート造でドーム状の構造体が連複しており、ユニークな照明が設置されていた。宛らイスラームの古典建築の様でもある。入り口には特製のガラスシャンデリアが美しい。常夏のタイではモールに接続したシネマ・コンプレックスが出来るまで単体映画館は娯楽の中心だった。広いフォワイエでは家族が寛ぎ、付属する店舗で買い物も出来た。しかし、時代と共に単体映画館の需要も減っていった。スカラ座は商業地域の一等地にある事から開発のターゲットとなった。建築家からの反対運動があったにも関わらず2020年にセントラルグループが解体をしてしまった。酷いのは解体を始めてから、開発エリア内にスカラ座のレプリカを作ると宣い始めた。彼らはいったい何をやりたいのであろうか?著者が学生の頃、建築雑誌をめくるとロボットビルと象ビルという奇妙な形の建物が紹介されていた。共にタイで建てられたポスト・モダニズム建築だ。黎明期のポスト・モダン建築はモダニズム建築の無機質な表情を打破する為に欧米の歴史的な建築表現を用いた。だが、タイはそもそも欧米の歴史表現等とは関係のない発展をしている。そこで、欧米型のポストモダンへの批判としてSUMET JUMSAIは自由な表現を模索した。それがロボットビルだ。アジア初の世界で注目された建築であり、建築学的に重要な立ち位置であった。だが、無残にもロボットビルの外装はすべて引きはがされ、皮肉にも無機質なデザインに改悪された。更に気分が悪くなるのはシンガポールの金融機関であるUOBは自ら芸術文化に寄与する企業というイメージを宣伝していながら、世界的に重要な建築作品を破壊してしまった。バンコクを中心にタイではまだ数多くの紹介されていない名建築が多く残っている。特に商業建築はその性格上保存が難しい。出来れば読者の方々にはまず、価値のあるモダニズム建築がタイにある事を知って頂きたい。また、出来ればそれらに訪れて面白味を知って頂けると幸いである。とりあえずはChira SilpkanokによるINDRA HOTELとタイの最重要建築家であるAmorn SriwongによるMahidol University Lecture Hallは必見である。来号ではタイに残るモダニズム建築の名作を詳しく紹介したい。