何を隠そうバックパックひとつでノンカイのDV夫から逃げて来たので、スーツなど持っているはずもなく、またバンコクでの土地勘もそれを買うお金もなかった。(参照:ゆるぬりタイランド第4回「踏み出す一歩」)就活する時点でわかっていても良さそうなものを、スーツのことなどまったく頭になくって、「わかってますよね?」と念を押す紹介会社の方の先見の明に感心もしたし、少し可笑しかった。この時直前に紹介された求人を押しのけるように紹介されたのが前職なので、やっぱり先見の明があると思う。バンコクでお世話になっていたお宅の近くの市場を教えてもらい、それっぽく見えるシャツやパンツを血眼で探し、戦利品+借り物のサンダルというトータル1,000円ほどの戦闘服で生まれて初めての海外での就職面接に挑んだ。人生は本当にままならない。ままならないが、その最弱と言っても過言ではない戦闘服で私は生まれて初めての海外就活で内定を勝ち取ることとなる。ありがとうタラート。ありがとう私に手を差し伸べてくれた人たち。面談や面接だって子どもたちを預かってくれる人たちがいなければ難しかった。私は本当に恵まれている。就活へ踏み切ってから面接・内定までおよそ一週間ほど。全ては「運とご縁とタイミング」なんじゃないかと思った就職活動だった。ついでに「学歴も職歴もしょぼい上に英語もできないし今から勉強したところで猛者には勝てない。タイ語ならタイ就活でアドバンテージになるかもしれない…!」と、ノンカイでタイ語を勉強していた自分を褒めた。偉すぎる。私にも先見の明があるのでは。人材紹介会社からは「英語がなぁー! 英語がもうちょっとできればなぁ!」と何度も言われたけど、タイ語も日常会話レベルだったけど、タイ語は今も私の貴重な武器だ。内定を引っ提げ一時帰国。心配する母に元気な顔を見せバンコクへ戻り、部屋を探しメーバーン(家政婦)を探し学校を探し、タイへの再入国のスタンプから5日後には初出勤。怒涛。まさに怒涛だった。色んなことが即日即決できるタイという環境と、何より35歳だったからなんとか走りきれた。今やれと言われたら想像するだけで倒れてしまう。「善は急げ」「急がば回れ」どっちが正しいのか、たぶんどちらも正しいんだろうけど、私は「チャンスかもと思ったら悩むよりいっとけ」派です。人間、歳を重ねて守るものが増えれば増えるほど動きが鈍くなるなと実感する。できることも増えたし、できないことも増えた。でもタイに来てからずっと、振り返っていつも思うことは「あの時動いてよかった」です。そう思えるのが嬉しい。「ゆるぬりタイランド」全話一覧ページは↑バナーをクリック!