もしかしたら情報を得る能力がなかっただけかもしれないけれど、長男がノンカイで通っていた学校では「運動会」なるものはなく、私は学校のイベントに参加したことがなかった。その後バンコクへ引っ越し、転校した先の学校ではじめてスポーツデー(運動会)なるものの存在を知り、また学校のイベントには選ばれし者しか出場しないことも知った。 お楽しみ会的な催しで踊ったり劇をする子たちもそう、クラス全員ではない。晴れ舞台に立つのは少数精鋭の生徒のみ。「学校のイベントは全員何かしらの形で参加する」がふつうだと思っていたけど、そうではなかった。運動会もお楽しみ会も、長男は一度も映えある出場者になったことがない。ウワン(太っている)なので足が遅いし、ステージ映えしそうにもないので今後も縁がないのだろうと理解した。ちなみに小柄な次男は、小学校にあがった年に10名ほどのメンバーに選ばれキラキラの衣装を着てステージで踊ったことがある。 ほとんどない幼少期の記憶の中、ぽつぽつと覚えている印象的だった出来事のひとつに、体育の時間に跳び箱を飛べない子が飛べるまでみんなの前で挑戦させられていたシーンがある。鉄棒やマット運動も、上手くできないのはいつも同じ子だった。何度挑戦しても跳び箱に乗ったりおしりをぶつけてしまう彼女を、周りは声を上げて応援した。先生が応援しろと言うので。私は子ども心にかわいそうだなと思っていた。本人が望んでいるなら別だけど、そうだろうか? そんな風には見えなかったのだ。やらなくていいならやりたくないのではないだろうか。何よりひとりだけみんなの前に出してやらせる必要はあるのだろうか。 みんな好きなものも得意なものも、感じ方も違う。私は運動会の前日にてるてる坊主を作るような子だったけれど、雨が降りますようにとお祈りをする子だっていたのだろう。例えば運動会の徒競走でぶっちぎりのビリでも、完走したことが誇らしい子もいれば恥ずかしいと思う子もいるのではないだろうか。みんな違うのに一緒にしようとする感じが、そういえば苦手だったなと思い出す。得意な人にスポットが当たっているタイみたいなのも悪くないなと思った。「私が」異国の運動会に参加する我が子を見たかったのは事実。でも長男は「運動会に参加したい」といった様子は一切なく、元々人前で何かをさせられるのを嫌がる子だから、「タイでよかったねぇ」と密かに思った。「ゆるぬりタイランド」全話一覧ページは↑バナーをクリック!➡「ゆるぬりタイランド」次のエピソードはこちら