タイに来て最初に住んだのは、東北部ノンカイにある小さな村。ホームステイ先の日本人の大家さんと、同じくホームステイをする日本人以外周りはローカルタイ人。英語すら通じず、少し先の町まで道路も舗装されておらず、散歩に出れば牛に道を塞がれ、空き地で水牛が草を食んでいる。我ながらよく子連れで移住したなと感心するようなあの場所の、のんびりと流れる時間と空気が時々恋しくなる。タイ人と食事を一緒にするようになって最初に気になったのは、食べ終わったお皿にたくさんごはん粒が残っていることだった。一粒残らず食べるようにと育てられた私には軽いカルチャーショック。食べきれないほどの量を買ったり注文したりして、残ったものは容赦なくゴミ箱に捨てる。もちろん日持ちしそうなものは保存したり持ち帰りもするのだけど、タイでの「日持ち」は考えてみたら日本とは違う訳で、頭で理解するまでとまどってしまった。「タイは暑いからすぐに食べ物が痛むんですよね。ここらへんは特に、一般家庭に冷蔵庫が普及したのもそんなに昔じゃないんですよ。それもあるんでしょうね」そう大家さんに言われてはじめて腑に落ちた。残ったごはんをラップに小分けして冷凍庫に入れる私を見て、タイ人の夫は「そんなことをする人をはじめて見た」と言った。誰かと囲む食卓(というか床で食べることが多かった)に食べきれないほど食べ物を並べるのはタイ人のホスピタリティーと、施す・分け与えるという仏教的な背景もあるのだと思う。食事に限らず親子共々あれこれもらうことが多かった。足りなかった時のことを心配するタイ人と向き合ったら、「食べ物を大事にする、もったいないと思う自分の方が正しい」という自分の中の驕りにも気がついた。なんだか目の前が開けた気がした。環境や視点が違うだけで、どちらが正しいとかではきっとない。そんなことは身の回りに、世界中にごろごろ転がっているんだろう。それは全く異なる背景の人だけでなく、身近な家族や友人だったりもするのだろう。まずは自分と、自分以外の誰かは違うと理解するところがスタート地点。住む場所を変えただけでは世界はさほど変わらない気がする。視点を変えると視界が広がる。それが世界が広がるっていうことなんじゃないかなって、思えたことが移住してよかったこと。タイに来ていなかったら気づけなかったかもしれないこと。「ゆるぬりタイランド」全話一覧ページは↑バナーをクリック!➡「ゆるぬりタイランド」次のエピソードはこちら