いつの間にか「間違ってはいけない」と考えるようになった気がする。間違えるのは「恥ずかしい」ことで、時に失礼にもなる。日常生活で困らない程度にタイ語はできるけど、今も胸を張って「タイ語できます」とは言えない。タイ人の足元にも及ばないという理由で謙遜してしまう。このおかしな完璧主義は一体どこで植え付けられたんだろう。タイの田舎で大雑把に身につけたタイ語と中学生レベルと言っては中学生に失礼な英語で就活に臨み、運良くバンコクで就職できた。外国語を使って仕事する。そんな自分を想像したことなど一度もなかった。外国語をペラペラと話し、仕事中の効果音は「バリバリ」みたいな人しか、海外で生きていくなんて無理だと思っていた。今でこそSNSで色んな人の生活を目にできるようになったけど、少し前なら日本でふつう~に生きてきた人間の、これが一般的な感覚ではないだろうか。「海外で働くなんてすごい!(よほど有能な人なのだろう)」百聞は一見に如かず。実際に働いてみるとなんとかなっている。小難しい書面を作成するとかでなければ、私程度の語学力でも通用する。幸い英語圏には顧客がいないせいかやり取りをする相手も大分にブロークンな英語だし、タイ人相手のやり取りもこれまたブロークンなタイ語か英語、ときどきタイ英ちゃんぽん。自分と相手の第一言語が違う場合は、文法よりもポイントを伝えることの方が重要だ。困った時は便利な翻訳ツールも助けてくれるし、対面であればジェスチャーや図解に頼ることもできる。とにかく伝えることが目的なので、自然と会話はシンプルになる。「間違ったら恥ずかしい」などとも言っていられないし、まわりくどい表現などはそもそもそのスキルがない。その上相手も適当な英語だったりするとこちらも気がラクだ。完璧でなくともよい環境。シンプルでストレートなやり取り。気楽にアウトプットできるって気持ちいい。そして、間違えながら覚えることもたくさんある。きっとなんだってそうなんじゃないだろうか。「完璧」なんてそもそも幻想で、こだわることは足枷にすらなる気がする。日本語同士の方がラクなハズなのに、仕事となるとなぜか日本語以外の方が楽しい。距離感が私にはとても心地良い。「様」を添えられた自分の名字より、アルファベットの名前の方が好き。「よろしくお願いいたします」と〆る言葉より、「Have a nice day!」の方が好き。という、たぶんただの好みの話。「ゆるぬりタイランド」全話一覧ページは↑バナーをクリック!➡「ゆるぬりタイランド」次のエピソードはこちら