今よりももっと拙いタイ語しか話せなかった時からそうだった。少しタイ語を話すとすごいすごいとタイ人にとても褒められた。思わず笑ってしまうけれど、タイ語が話せることを「ナーラック・ジャンルーイ(とてもかわいい)」と褒められたことも一度ではない。私は、「外国語を話せる」と自称していいのはペラペラの人だけだとなんとなく思ってしまっているフシがあった。というか、悲しいかな今もある。仕事がなんとかなる程度にタイ語を話せるけど、それを伝える時に「少しだけど」「日常会話程度だけど」タイ語が話せます、と枕詞をつけてしまう。旅行ができるぐらいの英語に至っては「I can’t speak English」で、「You (are) speaking!」と笑われたこともまた一度ではない。私とは反対に、少し英語が話せると自信満々で「英語が話せる」というタイの人が羨ましいとも思う。会社の面接の際に書いてもらうエントリーシートも、「ポーチャイพอใช่ (十分)」にチェックを入れてあるからとボスが英語で面接しようとして、結局私がタイ語通訳に入る、みたいなことは珍しくなかったりして。背景にあるのはやっぱり環境なのかなぁって。奥ゆかしき謙遜の文化。できることなら手放したいし、特に自分以外のことは手放そうと意識している。例えば家族の誰かのことを褒められた時、目の前で否定したりしないように。タイ人は人をよく褒めるし自分も褒める。そして褒められたらやっぱり嬉しいし、褒めたくなるって気がついた。タイ語を話せること、ひとりで子どもを育てていること、辛い物や珍しい物を食べられること、いつもとちょっと違う服を、新しいネイルや髪型を、すっぴんでだって綺麗だねって言われる。「そんなことないよ」と言いそうになるのを止めて、「ありがとう」って返すのもだいぶ板についてきた。私の両親は空気を読んで謙遜する人だったけれど、その分褒めてもくれた。私は謙遜もしなければ褒めちぎる親を目指しているから、タイの環境は助かる。褒めて褒められて、自分も人も好きな子に育ってほしいなと思う。しっかりと根付いた自己愛と人を思いやる心は、つらいことがあった時にきっと自身を守ってくれると思うから。そしてそれは大人になってからでもわりと効果がある気もする。何より、褒めることもその先の笑顔を見るのも気分がいいんだよね。言葉にすることで気持ちも引っ張られる気がする。褒めるって、「ありがとう」や「嬉しい」「大好き」みたいに自分も周りもハッピーにすると思う。「ゆるぬりタイランド」全話一覧ページは↑バナーをクリック!➡「ゆるぬりタイランド」次のエピソードはこちら