あの頃の未来に立っているのかなっていう歌をたまに口ずさむ。まぁ全然立ってない。タイのウドンタニー空港に降り立った日は、その後9年住むとは思っていなかったし、こうして何かを書いて発信するようになることも想像もできなかった。地に足のついた生活はまだ到底できそうにないけど、未来の心配をする能力があまり備わっていないせいか環境のおかげか、ずいぶんと気持ち的にラクに生きられている。振り返ると本当に、タイに住む人たち、タイの人たちのあたたかさに助けられて来た。子どもとふたりで知り合いもいない異国に移住する。好奇心によるわくわくと一緒に、子どもにはどんなにさみしい思いをさせるだろうという不安も抱いた。結果、それはただの杞憂に終わったように思う。辿り着いたタイの田舎町は、日本以上に子どもが私以外の大人と関わる環境だった。行く先々で歓迎され、可愛がられ、時には私なしで誰かと過ごすこともあった。多少のことはすべてマイペンライで、乗り物に乗れば間髪を入れず席を譲られ、乗り降りの際はどこからともなく手が伸びた。こういう空気を体感しながら育つことはとても幸運なことだと思った。知人だったり他人だったりする人たちと子どもの笑顔を見るのがうれしかった。私自身もおおらかな人々と雰囲気の恩恵を受け、「ちゃんとする」ことに固執しなくなり、自然と子どもへの態度も変わった気がしてる。想像できなかったと言えば今の状況もそう。世界がこんなになってしまうなんて夢にも思っていなかったし、今も時々夢なのではないかしらとぼんやりしてしまったりする。(※)保証されている未来などないのだと改めて思った。自由のない生活にも飽きたけど、反面、こんな状況でも子どもたちやタイ人の明るさに救われる毎日が有難い。人生は選択の連続で、正しかったかどうかなんてけっこう後にならないとわからなかったりして、そもそも正しい選択、なんてないのかもしれない。でもきっと正しいと思って選択してきたことが積み重なった先の結果が今で、これからもずっとそう。迷って寄り道したり後ろを振り返ったりしながら、選択できる中で最善と思う道をゆくのでしょう。迷ったら初心に帰ることにしている。自分が一番大切にしたいものはなんだろう。何を思ってここに来たんだっけ。少し先の未来でさえどこで何をしているかわからないけれど、「今」がしあわせだと笑顔でいられたらいいな。そっちの方に歩いて行きたい。※編集部注コロナウイルス流行の第5波に襲われ、生活するうえで多くの行動に制限が掛けられていた時期の作品です。バンコクでも学校の休校が相次ぎ、先行きの見えない中、特に現地で子育てをする方々のストレスがピークに達していた時期でした。「ゆるぬりタイランド」全話一覧ページは↑バナーをクリック!➡「ゆるぬりタイランド」次のエピソードはこちら