ホームステイ先の斜め向かいにある、家の軒先にテーブルを置いただけのお店。タイに来たばかりの私にとっては、それがお店として成り立っていることすら物珍しかった。日本では高くてなかなか手が出なかったフルーツをざくざく切って、シロップと氷と一緒にミキサーに放り込んで作るフルーツシェイクが数十円で飲める上にとても美味しい、ということに、えらく感動したことを覚えている。慣れない南国の暑さも相まって、甘くて冷たいシェイクは喉にうれしかった。私と同じくらいの年齢の店主はとても自然体で、少しぶっきらぼうな印象すらあった。東京に住んでいた頃ずっと接客業をしていた私は過去の自分の姿と比較して「なんだかいいな」と思ったし、何より妙に心地が良かった。店主は私に物を売る人で私はそれを買う人。それ以上でもそれ以下でもない感じ。三波春夫が観客を神に例え「神前で祈る時のように、雑念を払ってまっさらな澄み切った心で完璧な芸をお見せできるように歌う」(※)と言ったのをずいぶん歪曲してしまった日本では、店員と客は対等ではなかったように思う。たまに「お客様」に言われる「ありがとう」がやたらと嬉しくて、それをやりがいに働いていた。「ありがとう」はお互いに言うのがいいな。なんなら客側だけが言ったっていいとも思う。気持ちのまま自然と口から出る言葉のはずだから。お店の向かいは公立の小学校だった。生徒たちもお店の常連で、お店で買った飲み物やおやつを片手に校庭で遊んでいた。長期休みは毎日のようにうちの子どもも誘ってくれて、自転車の後ろに乗せてくれたり、ブランコを押してくれたり。強い日差しから逃れた木陰で飲むシェイク。なーんにもないタイの田舎は、はじめて来たはずなのになんだかなつかしさも覚えた。元々タイ料理が好きだった私は、見知らぬ美味しいものに出会ってはタイに移住した自分を褒めた。バンコクに来たら田舎とは比べ物にならない程何でもあって、色んな国の料理が食べられるし素敵なカフェやレストランもたくさんある。選択肢が豊富で、デリバリーも充実しているしとにかく便利。そんなバンコクでも屋台でのやり取りは私にとっては別格で、何気なく交わす会話や冗談で一緒に笑ったり、「何にするんだルーック(自分の子どもの総称)」と言われたり、買わない日でも目が合ったらニカーッと笑い合ったりするひと時に元気をもらっている。タイの美味しいものが好き。だけどたぶん、雰囲気込みで大好き。【※編集部注】三波春夫氏お決まりのフレーズの真意は、同氏オフィシャルサイト内「『お客様は神様です』について」に詳述されている。https://www.minamiharuo.jp/profile/index2.html「ゆるぬりタイランド」全話一覧ページは↑バナーをクリック!➡「ゆるぬりタイランド」次のエピソードはこちら